【鹿児島まち歩き】鹿児島市の多賀山公園には島津氏の山城・東福寺城跡がある。

鹿児島多賀山公園の山城・東福寺城跡

 

 

鹿児島市の多賀山(たがやま)公園
海に突き出したような小高い山です。

 

多賀山公園には東郷平八郎の銅像や、
島津氏の山城・東福寺城の跡があります。

 

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多賀山公園の場所

 

多賀山公園があるのは、
島津氏の別邸である仙巌園につながる、
磯街道沿いの山の上にあります。

 

多賀山に登る入口の前には、
八坂神社と石橋公園があります。

 

多賀山は標高58.9mの山で、
周囲を急峻な崖に囲まれた、
天然の要塞のような場所です。

 

 

多賀山からは桜島を見下ろせます。

 

 

多賀山は山城の跡です。

 

そのような天然の要塞だったために、
昔から山城として利用されました。

 

その山城を巡って、
為政者達が争ってきました。
最終的には島津氏の城となりました。

 

山城であった東福寺城跡は、
多賀山公園として整備され、
鹿児島市民の憩いの場所になっています。

 

 

多賀山公園は桜の名所でもあります。

 

 

駐車場も整備されています。

 

多賀山公園の入口から入り、
大きくカーブした坂道を進みます。

 

するとすぐに駐車場に出ます。
駐車場は無料で30台程あります。
駐車場にはトイレも整備されています。

 

 

駐車場横の坂道を進みます。

 

 

多賀山公園の地図があります。

 

駐車場には多賀山公園の地図があります。
山全体が山城・東福寺城の跡ですが、
二つのエリアに分かれています。

 

 

多賀山公園の地図があります。

 

 

一つは南側に面した見晴らしの良い場所。
東郷平八郎の銅像とお墓があり、
錦江湾や桜島が一望できますよ。

 

 

銅像から桜島が一望ですよ。

 

 

別なエリアは、
桜の名所の広場と山城・東福寺城の、
城址碑がある場所です。

 

東福寺城の入口から進みます。

 

まずは東福寺城の城攻めから行います。
駐車場横の坂道を進みます。

 

東福寺城入口の、
看板がある石垣横の道を進みます。

 

 

東福寺城入口の石垣です。

 

 

山城の堀切(ほりきり)の跡には、
橋がかかり東郷平八郎エリアから、
桜の広場に通じています。

 

 

堀切跡にかかる橋を渡ります。

 

 

桜の広場は城の中心。

 

橋を渡ると桜の広場に出ます。
多賀山で一番広い平地の場所です。

 

東福寺城の主要な屋敷が、
この平地の場所にあったようです。
現在は隠れた桜の名所になっています。

 

 

整備されて桜の名所になっています。

 

 

案内板に島津氏の鹿児島進出は、
南北朝時代だったと書いてあります。
なんとも古い時代ですね。

 

 

南北朝時代に島津氏の居城になりました。

 

 

主郭への坂道。

 

桜の広場から坂道を進むと、
主郭(しゅかく)のある場所になります。
主郭とは本丸のことです。

 

ところどころに、
古そうな石垣が残っています。
ただ南北朝時代の後のものですね。

 

 

 

新しい石の階段が続きます。
中世の山道を想像していましたが、
整備された道に少し期待外れでした。

 

 

整備された石段ですよ。

 

 

主郭に着きました。

 

一番奥の平地に着きました。
ここが主郭(本丸)です。

 

平地の奥がになっていて、
そこには石碑と龍の像がありました。

 

 

主郭の奥は段になっていました。

 

 

段の回りには、木が生い茂り、
薄暗い感じがするのですが、
それが神聖な場所であるようです。

 

 

とても神聖な雰囲気がありました。

 

 

東福寺城の看板がありました。

 

東福寺城の看板がありましたので、
ここで少し城の歴史を勉強しますね。

 

東福寺城の築城は、
天喜元年(1053年)に長谷場永純で、
薩摩国、大隅国、日向国で初の城です。

 

その後に、鎌倉時代には、
矢上氏の居城になりました。

 

 

築城後は城主が変わって行きました。

 

 

南北朝時代になると、
出水地方を拠点としていた、
島津氏が鹿児島進出を図ります。

 

南朝についた矢上氏と、
北朝についた島津氏の戦いになります。

 

幾多の攻防があり、
矢上氏の東福寺城を攻め落とした、
島津氏がその後の城主となった。

 

 

南北朝時代に島津氏が城主になりました。

 

 

島津氏が平城に居城を移すと、
東福寺城は後詰めの城となりました。

 

その後に、鹿児島城に居城を移した後に、
後詰めの城を城山にすると、
東福寺城は廃城となりました。

 

 

鹿児島城ができて廃城になりました。

 

 

東福寺城跡地より桜島を望む。

 

東福寺城の主郭の一段下には、
東福寺城跡地の石碑が建っています。

 

 

東福寺城跡の石碑がありました。

 

 

石碑のある場所からは、
桜島が一望できて桜も咲き、
とっても気持ちが良いですよ。

 

歴代の城主もここから、
この景色を楽しんだことでしょうね。

 

 

歴代の城主も桜島の見ていたでしょうね。

 

 

また東福寺城の入口から、
主郭(本丸)の場所までを、
動画に撮りましたので見て下さいね。

 

今日は島津氏の山城・東福寺城の、
楽しい城攻めを行ってきました。

 

30分程の公園散歩といった感じです。
あなたも城攻めはいかがですか。

 

南北朝時代の北朝島津氏と、
激戦を繰り返していたのは、
南朝側の谷山隆信です。

 

一時は征夷大将軍の、
懐良親王を入城させて優勢でした。
谷山氏の居城・谷山城跡があります。

 

【かごしま歴史まち歩き】谷山本城は鹿児島自然百選で市街地にある山城です。

 

東福寺城跡を見た後は、
もう一つのエリアの、
東郷平八郎の銅像を見てきました。

 

多賀山公園にある東郷平八郎の銅像。

 

さらに多賀山公園を降りたら、
目の前にある石橋公園に行きました。

 

石橋記念公園に江戸時代の石橋を移設。

 

 

東福寺城跡(多賀山公園)
鹿児島市清水町田ノ浦
駐車場 30台(無料)
JR日豊本線・鹿児島駅から徒歩約10分

 

 

 

 

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