【鹿児島歴史まち歩き】桐野利秋の生誕地である実方公園を紹介

桐野利秋の生誕地である実方公園を訪ねました。

 

 

桐野利秋生誕地に行ってきました。

 

 

鹿児島市上竜尾町にある、
南洲墓地には西南戦争で戦死した、
西郷隆盛以下の薩軍兵士達が眠ります。

 

中央に西郷隆盛の墓があり、
その左横で眠るのが桐野利秋です。
横にあるのは西郷の右腕だからでしょうか。

 

桐野利秋(きりのとしあき)とは、
どんな人物なのか、生誕地である、
実方公園を訪ねてきました。

 

【投稿日 令和3年4月27日】

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桐野利秋生誕地の場所

 

鹿児島市街地の郊外に、
北の高台に広がる吉野に、
大明丘小学校があります。

 

大明丘小学校のそばに、
実方(さねかた)神社があり、
実方神社前のバス停があります。

 

新道と旧道が交差する場所です。
桐野利秋誕生地の案内板が、
ありますよ。

 

 

実方神社のそばに案内板があります。

 

 

誕生地は実方公園になっていました。

 

道路から一段上がった所に、
桐野利秋の生誕地があります。
現在は実方公園になっています。

 

 

実方公園は一段高い所にあります。

 

 

実方公園は木立の中に、
いくつかの遊具がある、
コンパクトな感じの公園です。

 

実方公園は丘陵地の、
途中にあり公園からは、
周囲が見渡せる場所にあります。

 

 

実方公園からは周囲を見渡せます。

 

 

桐野利秋生誕地の案内板

 

 

桐野利秋誕生地の石碑があります。

 

 

案内板によりますと、
桐野利秋は天保9年(1838年)に、
貧しい下級武士の家に生まれました。

 

子供の頃は武芸の練習に励み、
庭木をすべて枯らしたという、
逸話が残っています。

 

初めは中村半次郎と称していました。
薩摩きっての剣の使い手となり、
人斬り半次郎と恐れられました。

 

 

桐野利秋の案内板がありました。

 

 

西郷を父のように慕いました。

 

桐野利秋は西郷隆盛を、
父のように慕いながら、
行動を共にするようになります。

 

やがては陸軍少将に着きますが、
西郷とともに鹿児島に帰ります。

 

西南戦争では総指揮長となり、
西郷と共に戦い、城山の地で、
38歳の生涯を終えました。

 

 

桐野利秋は亡くなるまで西郷と一緒でした。

 

 

 

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桐野利秋生誕地の碑

 

実方公園には、
桐野利秋生誕地の碑があります。

 

誕生地の碑のまわりもですが、
実方公園全体を見ても、
掃除が行き届いているようです。

 

きっとご近所の方々に、
桐野利秋誕生地の公園は、
大事にされているのでしょうね。

 

 

桐野利秋誕生地の碑です。

 

 

桐野利秋生誕地に行ってきました。

 

桐野利秋生誕地の当時は、
貧しい下級武士の家の周りには、
芋畑があったのでしょうね。

 

そこにある庭木を枯らすまで、
武芸の練習に励む桐野少年に、
思いを馳せました。

 

桐野利秋生誕地は、
今ではこぎれいな実方公園に、
なっていました。

 

実は桐野利秋の生誕地に行く前に、
桐野利秋も何度も来たであろう、
近くの実方神社にて参拝しました。

 

鹿児島市吉野町に鎮座する実方(さねかた)神社を訪ねる。

 

西郷隆盛や桐野利秋らが眠る、
南洲墓地はこちらからどうぞ。
南洲神社の御朱印の記事です。

南洲神社には西郷隆盛が祀られる。

 

中央西郷の左横の明るい色が桐野利秋の墓

 

桐野利秋生誕地(実方公園)
鹿児島県鹿児島市吉野町実方公園

 

 

 

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