西郷隆盛惜別譜の演奏会。

西郷隆盛惜別譜の演奏会。

 

 

 

今夜は
西郷隆盛惜別譜の演奏会
行ってきました。

 

西郷南洲翁が眠る
南洲墓地
墓前で行われました。

 

命日の9月23日の前夜に
演奏会が行われました。
それには理由があります。

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9月24日が命日。

 

西郷隆盛の生涯は、
城山で幕を閉じます。

 

西南戦争で、
各地を転戦した後に、
城山に立てこもります。

 

そして、
9月24日の朝に、
政府軍の総攻撃を受けます。

 

圧倒的な兵力の前に、
西郷も被弾して、
最後は、自刃します。

 

 

南洲墓地に眠っています。

南洲神社には西郷隆盛が祀られる。

 

 

総攻撃の前夜に演奏。

 

西郷南洲翁の最後は、
何度も聞いていました。

 

しかし、
総攻撃の前夜に行われたことは、
まったく知りませんでした。

 

前夜の、
鹿児島城下に、
ある音色が鳴り響きました。

 

それは、
官軍音楽隊による、
西郷隆盛への惜別の演奏だったそうです。

 

 

今でも総攻撃の銃弾跡が。

私学校跡に残る西南戦争の砲弾の跡。

 

 

敵味方の境を越えて。

 

西南戦争は、
鹿児島にとっては、
最大の悲劇でした。

 

親兄弟・友人が、
敵味方となって
戦ったのですから。

 

西郷隆盛が育てた、
官軍兵士達の中には、
西郷を敬愛するものも多かったはず。

 

鹿児島の夜に流れるメロディーを、
西郷軍と政府軍は、
どんな気持ちで聞いていたのでしょう。

 

 

最後の夜をこの洞窟で迎えました。

西郷隆盛の洞窟は最後の地。

 

 

居ても立っても居られない。

 

この惜別の演奏があると、
聞いたら、
居ても立っても居られません

 

ということで、
今夜の演奏会に、
臨んだという訳です。

 

 

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主催は西郷さんのひ孫。

 

この演奏会を主催したのは、
西郷南洲翁のひ孫になる、
西郷奉賛会の西郷隆文氏です。

 

西郷隆文氏は、
鹿児島で陶芸家として、
活躍されています。

 

演奏会の始まりに、
あいさつされましたが、
風貌がそっくりですよね。

 

 

西郷隆文氏のあいさつ。

 

 

国分自衛隊の音楽部。

 

演奏をされたのは、
陸上自衛隊の国分駐屯地の、
音楽隊のみな様です。

 

演奏曲は、
ショパン作曲の、
葬送行進曲」。

 

ヘンデル作曲の、
見よ勇者は帰る」など、
その他数曲を演奏しました。

 

 

国分駐屯地の皆様が演奏。

 

 

かがり火の中で。

 

演奏会は、
西郷南洲翁の墓前に、
かがり火をたいて行われました。

 

 

かがり火の中で聴き入ります。

 

 

共に主催した、
鹿児島龍馬会や、
薩摩士魂の会の方も並びます。

 

その他、
演奏会を聞きに来た方と、
マスコミの取材の方もいました。

 

 

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万感の思い。

 

私は、
演奏を聴きながら、
当時に思いをはせました。

 

この国を愛し、
日本の行く末を案じ、
わが身を捧げた南洲翁。

 

心優しき故に、
私学校生徒や士族の方を、
見捨てられなかった。

 

明治維新の最大の、
立役者でありながら、
城山の露と消えた南洲翁

 

そんなことを、
考えながら演奏を聴くと、
万感の思いが胸に迫りました。

 

 

万感の思いが胸に迫ります。

 

 

メロディーを聴きながら。

 

未来のために、
殉じた郷土の先輩方。

 

自分の毎日を振り返り、
偉大な先輩方に、
恥じないであろうか。

 

がらにもなく、
そんなことも、
考えてしまった夜でした。

 

 

西郷南洲翁の墓前で演奏。

 

 

今夜は、
西郷隆盛惜別譜の、
演奏会を聴いてきました。

 

南洲墓地
鹿児島市上竜尾町2-1
カゴシマシティビュー
「西郷南洲公園入口」下車、徒歩6分
駐車場 50台

 

 

鹿児島市内にある
西郷どんのゆかりの地を
色々と紹介しています。

 

西郷隆盛どんの足跡を訪ねる。

 

合わせて、
行ってみて下さいね。

 

 

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