西郷隆盛どんの足跡を訪ねる。

西郷隆盛のゆかりの地。

 

 

 

明治維新の立役者
西郷隆盛翁のゆかりの地が
鹿児島市内にはいくつかあります。

 

多くの偉人達を輩出した
加治屋町の生誕の地から
移り住んだ屋敷跡があります。

 

また西南戦争で
城山の露と消えるまでの
西郷どん(せごどん)の足跡を紹介します。

 

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西郷隆盛どんの足跡を訪ねる。記事一覧

鹿児島市内には西郷隆盛翁のゆかりの地が数多くあります。波乱万丈の生涯の中で不遇の時代を象徴している場所があります。それが西郷隆盛蘇生(そせい)の家です。この家で西郷さんは命を吹き返したのです。

鹿児島のまち歩きで西郷南洲翁、西郷隆盛のゆかりの地を巡っています。実は、2018年のNHKの大河ドラマは「西郷(せご)どん」に決定。そこで、西郷さんのゆかりの地を紹介しようと思います。

鹿児島市のJR中央駅の近くに加治屋町と呼ばれる地域があります。ここは明治維新で活躍した偉人達がたくさん生まれた場所なのです。そこにある西郷隆盛・従道(つぐみち)の誕生地を紹介しますね。

JR鹿児島中央駅の東口を降りると目の前に真っ直ぐに伸びる「ナポリ通り」と呼ばれる道があります。鹿児島市と姉妹都市であるナポリからナポリ通りと名付けられました。その通りを桜島に向って200メートル程歩きますと共研公園があります。

JR鹿児島中央駅周辺にある、史跡の一つに、西郷隆盛の屋敷跡群があります。現在は、屋敷跡の碑があり公園になっています。いつくかある西郷屋敷の内から、ここでは武(たけ)屋敷跡を紹介しますね。

明治の初期に鹿児島県内に作られた学校がありました。それは、私学校と呼ばれましたがのちの西南戦争の原因にもなってしまいました。その私学校跡には西南戦争の砲弾の跡がはっきりと残っています。

鹿児島の歴史上の人物で、一番有名なのは、御存じ西郷隆盛(さいごうたかもり)ですね。西郷隆盛の銅像は、鹿児島の観光スポットでも人気の場所です。西郷隆盛銅像の前は、記念写真を撮る方でいつもいっぱいですよ。

鹿児島の観光名所である西郷隆盛の銅像には連日多くの方が見えます。この銅像の横に二の丸ビルという古い建物があります。名前は鶴丸城の二の丸があった場所に由来しています。そこに西郷隆盛と大いに縁のあるK10(ケイテン)カフェがあります。

今日は、前から気になっていた場所に行ってきました。そこは座禅石公園という所です。西郷隆盛や大久保利通らが若いころに座禅をした石がある公園なのです。と言っても人が集まる観光スポットではありません。

鹿児島市の中心地には、小高い山の城山があります。城山は、古来より、鹿児島に深く関わってきました。中世の頃より地元の豪族や、その後に長く統治した、島津氏の城などがありました。その後には西郷隆盛の最後の場所として知られています。

鹿児島市内の城山は、西南戦争の激戦の舞台となったところです。そのため城山には西南戦争の足跡が残っています。そんな足跡の中に西南戦争が集結した場である西郷隆盛終焉の地があります。

今夜は西郷隆盛惜別譜の演奏会に行ってきました。西郷南洲翁が眠る南洲墓地の墓前で行われました。命日の9月23日の前夜に演奏会が行われました。それには理由があります。

9月24日は西郷隆盛南洲翁の命日になります。鹿児島市内の南洲神社ではこの日に例大祭が行われます。南洲神社は西郷さんを祀っている神社なのです。この例大祭に出席して西郷隆盛南洲翁に手を合わせてきました。

鹿児島のまち歩き。ここでは、薩摩の巨人西郷隆盛の足跡を訪ねます。鹿児島では西郷隆盛さんの事を親しみを込めて西郷(せご)どんと呼びます。鹿児島市内には西郷どんのゆかりの地が数多くあります。そんなゆかりの地で西郷どんの生涯がわかる施設があります。それが西郷南洲顕彰館(さいごうなんしゅうけんしょうかん)です。

来年(平成30年)のNHK大河ドラマは西郷隆盛の生涯を描いた「西郷どん」に決定しました。そこで、鹿児島での西郷どんの足跡を探すことにしました。ここでは明治6年に鹿児島に戻ってからの活動の中心になった開墾地を訪ねます。

鹿児島のまち歩きで西郷どんのゆかりの地を訪ねています。鹿児島には西郷隆盛翁の足跡があちこちに残っています。そのなかで西郷どんの人柄を表わす場所に行ってきました。それが駄馬落(だばらく)の碑です。とても観光スポットとは言えませんが熱烈な西郷ファンなら行って見たいかも。

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