鹿児島まち歩き 鹿児島市の観光案内

【かごしま歴史まち歩き】鹿児島市内の史跡情報一覧

 

 

かごしま歴史まち歩きで鶴丸城御楼門

 

 

【かごしま歴史まち歩き】
まち歩きで、鹿児島市内の史跡や、
歴史にまつわる場所を訪ねます。

 

鹿児島市内には
歴史的な場所や史跡があります。
それらを紹介しますね。

 

【かごしま歴史まち歩き】鹿児島市内にある史跡や歴史の情報一覧です。記事一覧

桂庵玄樹の墓を訪ねました。鹿児島まち歩きで、訪ねたのは桂庵玄樹のお墓です。桂庵玄樹(けいあんげんじゅ)は、室町時代の偉いお坊さんです。そんな昔の偉いお坊さんのお墓は、国の指定史跡になっています。【投稿日 令和3年11月15日】

天保山には坂本龍馬の像もありました。今日の鹿児島まち歩きは、与次郎町の入口から荒田川に沿って、天保山町周辺を散策しました。与次郎町や天保山町は、いずれも以前は海だった場所です。時代の違いはありますが、海を埋め立ててできた場所です。その埋立てた時の歴史も探ってきました。【投稿日 令和3年9月19日】

志布志麓を散策してきました。鹿児島まち歩きです。今日は鹿児島市を離れて、大隅半島の志布志市に来ています。志布志市には日本遺産に認定された、薩摩の武士が生きた町である、志布志麓(ふもと)があります。志布志麓には、様々な武家屋敷が残っています。それらの昔の町並みを散策してきました。【投稿日 令和3年8月14日】

松方正義の銅像を訪ねてきました。鹿児島の歴史探訪のまち歩きしています。訪ねたのは松方正義(まつかたまさよし)の銅像と生誕地です。松方正義は明治時代の政治家で、首相や大蔵大臣などを務め、なんと日本銀行を設立した人物です。日本実業界の大立者の、あの渋沢栄一にも匹敵する人物が、生まれた場所を訪ねてきました。【投稿日 令和3年7月21日】

天保山砲台跡を紹介します。鹿児島まち歩きで、鹿児島市を流れる甲突川河口の、右岸にある天保山町に来ています。その天保山町には、松林が広がる天保山公園があります。公園にある天保山砲台跡は、薩摩藩が錦江湾の各地に設置した、大砲をすえた砲台の一つになります。【投稿日 令和3年6月21日】

武家門が残る垂水麓を散策しました。鹿児島のまち歩きです。今日は鹿児島市を離れて大隅半島の、垂水市の垂水麓を散策します。鹿児島県には麓(ふもと)と呼ばれる、薩摩武士が住んだ集落跡があります。110程あった麓の内の11麓が、令和元年に日本遺産に認定されました。今日はその中の垂水麓を紹介しますね。【投稿日 令和3年6月18日】

永田川岸に建つ煙硝倉跡之碑です。鹿児島市の小松原に来ています。島津久光の玉里別邸跡である松林が美しい小松原公園を訪ねました。その小松原公園から進むと、永田川の下流域の川岸に出ます。川岸を上流の方へ少し歩くと、見えてくるのが煙硝倉跡之碑です。煙硝倉とは火薬製造所の事です。【投稿日 令和3年6月4日】

射場山跡の奥がラ・サール学園です。鹿児島市の小松原町には、進学校のラ・サール学園があります。そのラ・サール学園の横には、こんもりとした丘の公園があります。射場山(いばんやま)公園です。幕末期に射場山公園周辺では、島津斉彬(なりあきら)公により、洋式砲術の大規模演習が行われました。【投稿日 令和3年6月3日】

鹿児島市の小松原公園を紹介します。鹿児島市には、小松原と呼ばれる場所があります。小松原は住宅街なのですが、その一角に松の木が密集して、立ち並ぶ小松原公園に来ています。今はご近所の憩いの場ですが、以前は島津家のお屋敷がありました。そんな小松原公園を紹介しますね。【投稿日 令和3年5月29日】

島津いろは歌がある道を歩いてきました。鹿児島まち歩きで、お勧めの散歩道を尋ねられたら、甲突川沿いの散歩道をお勧めします。甲突川の河畔に建つ、維新ふるさと館の周辺は、薩摩の歴史に触れられる道です。その道に建つ石柱には、島津いろは歌が刻まれています。この島津いろは歌の内容に驚きました。【投稿日 令和3年5月27日】

別府晋介の誕生地に行ってきました。鹿児島の歴史まち歩きで、訪れたのは鹿児島市の吉野町の、実方(さねかた)という場所です。実方にある、別府晋介(べっぷしんすけ)の、誕生地を訪ねてきました。別府晋介は西南戦争で戦い、西郷隆盛の最後に立ち会い、西郷の介錯をした人物です。【投稿日 令和3年4月30日】

桐野利秋生誕地に行ってきました。鹿児島市上竜尾町にある、南洲墓地には西南戦争で戦死した、西郷隆盛以下の薩軍兵士達が眠ります。中央に西郷隆盛の墓があり、その左横で眠るのが桐野利秋です。横にあるのは西郷の右腕だからでしょうか。桐野利秋(きりのとしあき)とは、どんな人物なのか、生誕地である、実方公園を訪ねてきました。【投稿日 令和3年4月27日】

鹿児島市からのマイクロツーリズムで蒲生麓今日の鹿児島まち歩きは、市内から足を伸ばして、蒲生麓の武家屋敷通りにきています。前回は南九州市の、加世田麓をまち歩きしてきました。麓は日本遺産に認定されたまちです。一緒に日本遺産に認定された、蒲生麓(かもうふもと)を今回はまち歩きしてきましたよ。【投稿日 令和3年3月6日】

今日の鹿児島まち歩きは、歴史を感じる場所を訪ねました。いつもは鹿児島市内を歩いていますが、時には足を伸ばして小旅行です。鹿児島のマイクロツーリズムです。やってきたのは南さつま市にある、加世田麓(ふもと)地区です。藩政時代の町並みが残っています。【投稿日 令和3年2月1日】

JR鹿児島中央駅の若き薩摩の群像です。JR鹿児島中央駅に、若者達が乗っているモニュメントがあります。これは若き薩摩の群像と呼ばれます。若き薩摩の群像とは、薩摩藩が送った英国留学生の、薩摩藩士達の沢山の銅像群です。この度、銅像群がリニューアルされ、新たに二人の銅像が加わりました。早速、見に行ってきました。【投稿日 令和2年10月3日】

市指定史跡の南泉院歴代住職の墓です。今日は鹿児島歴史まち歩きで、鹿児島市の史跡巡りをしています。訪問したのは、鹿児島市の指定史跡の、南泉院(なんせんいん)歴代住職の墓です。【投稿日 令和2年7月23日】

え、この場所は御所の下になるの?鹿児島市内をまち歩きしていると、思わぬ所に歴史の足跡が残っています。約680年前の出来事が、地名として残っている、一帯を歴史散歩してきました。【投稿日 令和2年7月09日】

鹿児島市街地にある谷山本城です。鹿児島市の谷山地区にある、下福元町には歴史の足跡が、はっきりと残る場所があります。そこは薩摩平氏一族の、郡司・谷山氏の居城であった、谷山本城(たにやまほんじょう)です。谷山本城は、南北朝時代に作られた山城跡です。【投稿日 令和2年3月27日】

花尾隠れ念仏洞を紹介します。鹿児島のまち歩きで、今日は薩摩のかくれた歴史を紹介したいと思います。 ということで鹿児島市街地から、郊外に行った花尾町にある、花尾隠れ念仏洞を見てきました。【投稿日 令和2年3月31日】

日本遺産に認定された旧麓地区です。この度、鹿児島市喜入町の、喜入旧麓地区が、日本遺産に認定されました。早速、喜入旧麓(もとふもと)地区を、歩きながら様子を見てきましたので、どんな場所なのか、紹介しますね。【投稿日 令和元年9月3日】

木漏れ日の中に南方神社が鎮座します。鹿児島市喜入町の、喜入旧麓地区が日本遺産に、認定されましたので紹介しています。すでに、喜入旧麓地区の、水路の通り、牧瀬家武家門江戸時代の石垣を歩いてきました。次に紹介するのは香梅ケ渕肝付家歴代墓所、南方神社です。【投稿日 令和元年9月3日】

五代友厚の誕生地に行ってきました。鹿児島まち歩きです。五代友厚の誕生地に行ってきました。五代友厚は薩摩藩士ですが、ビジネス能力が高く大坂商工会議所を、作り初代会頭になりました。【投稿日 令和元年6月18日】

鹿児島市泉公園に立つ五代友厚像。鹿児島には西郷隆盛を始め多くの偉人が輩出しています。特に明治維新の前後に活躍した偉人達は日本の近代化に貢献しました。その中で、大阪商工業の発展に尽力した薩摩藩士が、五代友厚(ごだいともあつ)です。

乃木静子の銅像が再建されました。今日の鹿児島まち歩きは、鹿児島市内を流れる甲突川の河畔。河畔の公園にある女性の、銅像が再建されていました。

真田幸村のお墓が鹿児島にあるなんて薩摩半島南部の南九州市の頴娃(えい)町に来ましたここで大河ドラマ真田丸の、真田幸村が晩年を過ごしたそうです。

鹿児島の歴史まち歩きです。とっても興味深い話があります。大阪城で亡くなった豊臣秀頼の、お墓が鹿児島市内にあるというのです。

鹿児島まち歩きの歴史探訪で、千眼寺(せんげんじ)跡を訪ねました。千眼寺は、あの薩英戦争の時に、本陣が置かれたお寺なのです。【投稿日 令和元年7月8日】

鹿児島まち歩き、今日は歴史探訪です。訪ねたのは小松帯刀の原良別邸跡です。小松帯刀とは薩摩藩の家老で、28歳という若さで就任した実力者です。帯刀は(たてわき)と読みますよ。【投稿日 令和元年7月6日】

天文館にある公園の、ザビエル公園を紹介します。キリスト教を日本に伝えた、フランシスコ・ザビエルを記念した公園。公園にはザビエルと、鹿児島出身のヤジロウの像があります。

鹿児島市の多賀山(たがやま)公園海に突き出したような小高い山です。多賀山公園には東郷平八郎の銅像や、島津氏の山城・東福寺城の跡があります。

鹿児島市の多賀山は海が近い小高い山で、多賀山公園になっています。多賀山公園には東洋のネルソンと呼ばれた、東郷平八郎の像と墓があります。

鹿児島市内には歴史の足跡を見られる場所がいくつかあります。ここ祗園之洲公園(ぎおんのすこうえん)もそんな薩摩の歴史を感じる場所です。

鹿児島市の、稲荷川河口には、祗園之洲公園があります。稲荷川河口にある公園ですが、そこにはフランシスコ・ザビエルの、上陸記念碑があります。

福昌寺(ふくしょうじ)跡を紹介します。ここには薩摩藩主・島津氏の、歴代当主や家族が眠るお墓があります。福昌寺は島津氏の菩提寺でしたが明治の廃仏毀釈で廃寺になり、今では墓所を残すのみとなりました。【投稿日 令和元年11月12日】

鹿児島市は、薩摩・島津藩の城下町でした。鶴丸城の周りには家臣達の屋敷が点在していました。そんな中に平田靱負(ひらたゆきえ)の屋敷跡があります。現在は平田公園になっています。

鹿児島市には薩摩義士(さつまぎし)のお墓があるお寺があります。松原山(しょうげんさん)大中寺(だいちゅうじ)と呼ばれる曹洞宗の禅寺です。街中にある小さなお寺です。また観光スポットでもありません。でも薩摩義士のゆかりのお寺なのです。

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